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亡くなった祖母の遺品人形、何だか怖い・・

実家の祖母が亡くなりました。祖母の部屋にはとても素敵な日本人形がケースに入ってあります。粋な芸者さんの人形で、祖母のお気に入りでした。
ところが祖母の葬儀が終わり、改めて人形を見ると、以前の華やかな雰囲気がなくなり、寂しい憂いをおびたような顔に変わっていました。きっと祖母を亡くした私の感情が、人形の寂しい顔となっているのだと思います。人形の顔が変わるなんて普通はありませんから。

 

でも、祖母を亡くした悲しみは日を追う事に薄れていっても、人形の顔はどんどんと寂しさを増しています。美人は美人ですが、病人のようにも見えるのです。このまま家に残しておくのも難しいけれど、人形を粗大ゴミとして扱いたくないと思っていると、遺品整理士もいる近所の神奈川県内では大手のメモリアルホールで「人形供養をする」との連絡が入りました。

 

早速申し込んでみると、当日はお坊さんが法要をあげてくださり、魂が亡くなった人形もホールの方で処分してくれるとか。これならきっと祖母も納得してくれるでしょう。私もホッとしました。

祖母の遺品整理を思い出して

遺品整理は、故人が生きていた証となるものと改めて向き合うことになるので、残された人たちは再び悲しみや寂しさに包まれてしまいます。しかし、いつかは片付けてあげないといけないものなので、心の整理が付いたら、私物を丁寧に仕分け、片付け行くんだなと私も思っていました。まだ、祖母が元気だった時に、ふと思ったことでした。その頃、私が初めて直面する死は祖母の死でした。でも、実際に祖母が亡くなってみると、これと言った遺品がありませんでした。

 

祖母にとって大切だったものはお金でした。子どもの頃とても苦労をして食べる物にも困っていた時期があったと話していたので、お金に対する執着があったのだと思います。楽しかった思い出も聞いたことがないし、大切なものを見せてもらったこともありませんでした。だから遺品整理と呼べるかどうかわからない片付けはあっという間に終わりました。形見になるものも何も無かったのですが、そんな祖母に生き方もいいなと思いました。

名残の処分は、思ったより苦労する。

急に家族が他界したは良いが、残された家族として悲しさが消えた頃に大変なのは、遺品の処分でした。
同居ではなくても何年も会っていなくても、一応は2親等以内の親戚であり、業者を利用する事にしたが、その中でも仏壇が大変でした。何故なら、他の所有権を有する親戚が自分しかいなければ、その仏壇は必要とsておらずにお墓の処分も含めると、遺産だけの為に大変な思いをしなければなりませんでした。

しかも、残った土地が売れたら良かったのですが、地方で交通の不便な場所でもあるので、売れそうになければ毎年税金を支払う必要だけがある状態なので、遺産だけで支払い続けられるのか等の方が不安に思えたからです。

他には、遺産金で弁護士に依頼しなければならずにいましたし、各業者だけではなく本人との家族関係を示す必要も出て来るので、体力と時間も必要になれば、何も考えずに急に他界する事になった本院の方が幸せなのかも知れないとも思える程でした。
それだけ、粗大ごみに出せない品が多ければ、引き取り先も無いので、自分の時の教訓だと考える事にしています。